黒い太陽七三一（戦慄！石井七三一細菌部隊全貌）1989

監督　ムゥ・トンフェイ 出演　リー・タイヤオ、ワン・ルンシン

　731とは言うまでもなく、中国東北地方にあった日本の秘密部隊だ。その内容は本やテレビなどでかなりの部分、知られるようになったが、実際のところ、はるか昔の歴史を知る思いだった。ものごとを人に知らしむる時に一番有用な手段の映像＝映画にすることが最も好ましいはずだ。で、もちろんそれは日本人の手で作られてしかるべきものであった。いつか日本で作られるだろう、などと待っていても、なかなか作られそうもないので、いっそこちらで作ってしまおう、私たち中国人も当事者に違いないのだから、とばかりに作ったのではないか、と思う。前に、森村誠一が本を出した頃、映画化される話もあったけど、実現せず、その後、作ろうという人は出なかった。本当はどうあっても731についての映画は日本で作らなければならないはずだし、この映画が出来たからといって、別な角度からいくらでも作ることは出来るはずだ。
　この映画を見て、ずいぶんしっかりと作られているな、と思った。強いて難点をさがせばないことはない。日本式な部屋や、着物姿は変だ。だけど、それはどうでもいいほど、中国の俳優が日本人になりきっていた。日本人のいやらしさ、愚かさ、中国人に対する差別意識、そのどれもが自然に描かれているものだから、彼らの日本人を見る目の確かさが分かる。そして、そんな日本人ではあるが、かたやそんな日本人も同じ温かい血の流れている人間であることも描いている。それなのに、侵略者と、被侵略者との決定的な違いをも認識させてくれる。同情されるものなんかまったくないはずの日本人を同じ人間として認めてくれている。この映画を作った中国人は大人だ。日本で作られる戦争映画はおおむね自国に甘い。自分を憐れんでみせてしまう。SELF PITY は見苦しい。
　中国人が演じているにも関わらず、日本人の役の人は日本人らしい顔をしているし、眼鏡をかけて出っ歯というステレオタイプはまったくなかった。案外日本と中国が近いからといって、分かっていないところもあるのもだが、この映画はかなり間違いは少なくて、それによる損な点はなかった。映画は良かったけれど、あんな日本人はない、とかはなかったからだ。そのかわり、内容でしっかりと日本人を叱咤している。
　なんてひどいむごいことをしたのだろう。マルタは人間ではないのか。これではアメリカが広島、長崎に投下した原爆を差別だとするのと同じことを中国人やロシア人に行ったことになる。自分の犯罪行為を正当化するのにはそう考えるしかないのか。動物に対する実験と考えれば心はあまり痛まないばかりか、人間に役立つ崇高な行為である、とさえ思えるのだろう。実際セリフの中にそういうのがあった。
　戦争という普通でない状況の中で神経が麻痺し、人体実験をすることに疑問視する気持をなくしてしまったこと、これはただ戦争のせいには出来ない。今年の大事件であるオウムがいい例だ。彼らがやったことは殺人そのものだ。それを自分なり、他人なりに納得ずくで実行しうるのだから、731を過去の愚かな行為と捨て置くわけにはいかない。
　この映画の中でもさまざまな「実験」が再現されているが、その数例を見るだけでも目をそらせたい気持ちになった。実際には考えつく限りの生体実験をし、「貴重」な結果を誇った。参加した医者たちの中には正常な神経の持ち主はいなかったのか。まあ、今こんな質問をしても始まらない。今、問うべきは残虐行為の元だ。
　大量殺戮といえば、ナチスドイツによるユダヤ人虐殺を思い浮かべるが、日本も彼らに負けない実績を持つ。ただ、大きく違う点がある。それは最高責任者が責任をとったかどうかだ。その後の反省の仕方にも相違がある。いろいろ考えてくると、日本人であることが嫌になってくる。