家畜に呼び名を付けるように、小さいからリトルとしたのだろう。マルコム・リトルがその名を嫌って、Ｘと変えたのは当然だ。だが、未知数Ｘが想起されるため、隠れて何か悪いことをするようなマイナスのイメージがつきまとう。それにマーティン・ルーサー・キング牧師とは正反対の立場をとっていたような風聞を聞くに付け、黒人開放の士ではあっても白人を全て敵とみなすことに、それではうまく行かないなあ、と思っていた、くらいの知識だった。

　冒頭のタイトルが星条旗、それが燃え出し、Ｘが燃え残る。映像はロス暴動の引き金になった白人警官による黒人への暴行、マルコムＸが殺されてから四半世紀にもなるのに、なんら変わっていない現状を写し出す。今までもいろいろな映画で黒人に対する偏見、暴力を見てきたが、それに対する黒人側の態勢がいかにも遅れているようではがゆかった。そもそも奴隷として連れてこられてしまうことから、あまりにも一方的ではなかったか。白人たちが自分たちの仲間を連れ去っていった状況は分かっていたはずなのに、それに対して何か対処したのだろうか。その辺の事情はどうだったのだろうか。狡猾な白人にやすやすと従ってしまった黒人たち、彼らは人が良過ぎただけだったのか。それとも、人種的に劣っていて、奴隷とか、召し使いに適しているとでもいうのだろうか。もちろん、そんなことはないし、いわゆる西洋文明が万能でも、絶対でもない。ただ、ヨーロッパに住む連中は自分たちをそう考える傾向にあるかもしれない。そんな強引な人間の犠牲になり、彼らの言いなりになって、こき使われ、挙げ句の果て、じゃまもの扱いされるに至っては、怒りは頂点に達して当然。それまでも各地でこぜりあいはあっただろうが、本格的なムーブメントになったのは1960年代の公民権運動からで、その時に黒人の中からいく人かの指導者が輩出した。その一人がマルコムＸであり、キング牧師であった。

　圧倒的多数の中にあって、虐げられた人々が立ち上がるには、回りの状況が煮詰まって来る要素がないと難しいことかもしれない。それは不幸にして、何かの事件をきっかけにしたものであったとしても、仕方ない。逆境をはねつけるバネが必要だからだ。どうしようもない、自分一人だけ立ち上がってもやっつけられるだけだ、というあきらめはたやすい。目には目を、歯には歯を、の伝でゆけば暴力には暴力で、という論理になじんでしまうし、下手をすると殺されかねない状況を打破するには、武器を手に戦うしかないのかも知れない。マルコムの父が教会を通して正義を説いても、結局白人の手にかかって惨殺されてしまい、そのため母の気が触れ、家族崩壊に至ってしまったことも、マルコムの胸にしっかりと残った傷になったことは言うまでもないだろう。

　反撥より従順を、黒人であることへの拒否。白人に近づきたい、姿形から入ろうとする。縮れた髪を少しでもストレートにしようと、きつい薬を頭に塗るのもいとわない。そんな何かいとおしいような彼のボストンでの青春時代。派手なスーツで決めて、白人女とつき合い、ダンスホールで踊りまくる。危ない薬に手を出し、あげくのはて悪の仲間とのつきあい、そして典型的な転落の道へ。気が付いたら刑務所に入っていた、というところか。ここまではよくある話、かもしれない。マルコムが変わったのはここでブラザー・ベインズなるブラックモスレムの教えを説く男に会ったことからだ。彼が順々に教え説く黒人への不当な差別が社会全般に行き渡っていること、それは辞書でBLACKの項目を見れば一目瞭然、反対にWHITEは肯定的な言葉の羅列、言葉は人を突き刺す武器。ブラックなんとかは良くない意味、ホワイトなんとかは良い意味なのはそういう歴史的背景があってこそ、彼の言葉の一つ一つがマルコムの傷ついた心を癒すものとなった。

　そうなるとブラックモスレムの教祖エライジャ・モハメッドの言葉は絶対的なものとして、マルコムを捕らえて離さない。宗教をまったく信じない私としては言葉の中身はともかく、それを信じる者に対して出来うる何か、の強さはすごいものだと思うし、それはあなどれるものではないと思った。ただ、原始的宗教以外の、頂点に誰かが立つ宗教全般に言えることだが、金儲け、名誉欲、に毒された宗教が出来ることはない。内部はどす黒い争いが渦巻いたところで、マルコムもそんな世界にいくぶん毒されもし、けっきょくは殺されてしまうのだから、敵を間違えた争いの犠牲者として死んでいったことになる。弁の立つマルコムがこの教団を乗っ取るのではないか、そんなつまらない内部争いで、家を焼かれ、殺されてしまうなんて、無駄死にだ。マルコムがイスラム教の本場メッカを訪れ、南アフリカの状況を自分の目で見てきたことがどんな作用を与えたのか、を彼の行動ではっきりと見ることもなく、殺されてしまったのは黒人たちのみならず、自由への運動からみて大いなる損失だった。

　この映画では暗殺の真相、犯人を特定することは避け、ブラックモスレムの誰かの凶行であるようなニュアンスを匂わせたものになっていたが、ＦＢＩ暗殺説も捨てがたい。アメリカという国の利益に背くと考えられる全ての人間を敵とみなし、あらゆる手段でその根を断ち、相手が大統領だろうがその手をゆるめない集団、ＦＢＩが犯人でない方がおかしいくらいだ。それはアメリカが抱える悩みの裏返しとして、いつまでも存在し続けるだろうし、アメリカという国がなくなってから、残ったＦＢＩはあわててその存在を止めることだろう。