趙丹は本で知った名前だったが、映画では見たことがなかった。たしか、「未完の対局」に主演するはずが、病気で出られなくなったというものだった。それが、いきなり23才の若き趙丹に会えたのだ。これが映画のいいところだ。いくら素晴らしい俳優でも舞台に立てなくなれば、見ることが出来なくなるし、記録することもできない。舞台をフィルムに収めることは可能ではあるが、それは邪道になる。その点、きちんとした記録の形で、しまっておけるのが映画だから、強いのだ。1937年の映画に新鮮な気持ちで向き合うことが出来るのだから。いくら古い映画でも、見ている瞬間瞬間は新たな作品と対峙しているのだから、新しい。
　ラッパ吹きが仲間たちと恋の鞘当てをするとても明るい印象的な（きっと主演の男女の良さが原因）作品だ。時代背景や、彼らの生活は、悲惨なものなのに、なぜこうも明るくできるのか。それは、何より彼らの青春まっただ中がそうさせるのだろう。何がなくとも、若さがある。いや、実際この時点でこの映画を見た中国の若者に共通なのは、ただ若いということだけで、明るい面は少しもなかったかも知れない。でも、それこそ映画の役割である、人を元気づけ、励まそうという意図で作られていたと思う。それには、今見ても溌剌としたハンサムボーイ趙丹と、向かいのかわいい歌姫を配したお話が必要だった。当時の詳しい状況は分からないが、明るい未来は見えにくい時代だったはず。彼女のお姉さんは街角の娼婦でもやっているようだし、大変な暮らしをしていた。明るい希望は持てない毎日ではあるが、そんな中でも、どこかにほっとしたい気分がある。それは、例えばこういう映画を見るという行為かもしれなかったし、作っている人はそういう効能があると信じて疑わなかったのではないか。また、そうでも考えないことにはやってられないよ、と思っていたのではないか。暗い内容なのに、残るのは、二人の初々しさと、笑顔だ。この時代のものをもっと見たくなった。上海に行ったら、映画に出てくる公園にも行きたい。