イギリス人の地中海へのあこがれは根強いもののようで、いくつもの映画に出てくる。天候が良くないことがそこの住人の気質にも影響するのだろうか。雨、雨、雨のロンドンの主婦ロッティ・ウイルキンズがある日新聞で見かけた、「イタリアの別荘貸します」の記事。これに大いに心が動かされた。時は第一次世界大戦の後、ぽっかり開いた束の間の平和な時代。イギリスの中産階級の女性が外国に行くこともそれはど突拍子もないことではなかったようだ。だが、60ポンドの費用は一人では払い切れないらしく、あと三人の同好の仲間をつのって、サン・サルバトーレへ。ドーバーを渡り、汽車ではるばるイタリアへ。着いた時が夜、何か得体の知れない人の出迎えを受け、しかも雨、ここも雨。だが、一夜明ければ、晴天。前には地中海が開け、まさに天国のような所。思っていた通りの景色にため息を付く。休暇はこんな場所で過ごすものなのですね。雨の後の空気の澄んだ空、青い海、小さなお城のような屋敷、松の木が二本植わっている、いかにもイタリアらしい景色だ。三人とは、主婦のローズ・アーバスノット、社交界の花形キャロライン・デスター、老婦人フィッシャーで、顔見知りはローズだけ。あとの二人はどんな人か知らない。階級が異なる人とのつき合いはあまりないだろうから、本当は二人の未知の人との共同生活にはためらいもあっただろう。だが、何人かで分けなければ、費用の捻出がままならないのだから、しかたない。
　旅行先では、よく知っているはずの友達が別人のように見えたりすることってよくある。まして、未知の人物、生活の範囲も違う人とうまくやってゆけるかしら、と不安にもなる。夫の許しをようやく得て、やってきたのだもの、うまくやらなくちゃ、楽しまなくちゃつまらない。それぞれの立場や思いの違いを超えて、４人がここのお城での生活を満喫したいという気持ちが一致したようだ。だから、一触即発という状況ではないけれど、そういうものを内包してはいたと思う。女性だけの生活で一か月過ごすのは無理がある。連れ合いを置いて出かけてきたのに、すぐに呼びつけることに躊躇がなかったわけではない。どんよりしたイギリスの地ではない、ここイタリアの晴れやかな気候、空気が何かいい影響を及ぼすことに違いない。実際はそんなことからではなかったが、結果的にはそうなってしまった。それが終り良ければ、全てよし、みたいなことになった。
　日常の生活の垢は、こんな方法をとれば、きっと解消するものでしょう。それが、実にあざやかに、葛藤もなしに、うまくいってしまったことに、不満を言うのは間違いでしょうか。おだやかな解決は地中海の魔法のせい。イギリスに帰って、その魔法が解けないことを祈りましょう。