ロレンツォのオイル 命の詩(Lorenzo's Oil)1992
監督 ジョージ・ミラー
出演 ニック・ノルティ、スーザン・サランドン、ピーター・ユスティノフ

 実話というのは強い。なにより作り話のような無理がないからだ。うまく出来たストーリーの方が心地よく観客を引きずりこむ力を持っているし、また面白いものだが、心底からの力を比べたら、ノンフィクションにフィクションがかなうものではない。
 ロレンツォのオイルって一体何だろう、奇跡を起こす油とは? 映画には難病を扱うジャンルがある。見ている人の感情に直接訴えるものがあり、涙も絞れ、つまり客を呼べる。そのため安易に作られてきた。難病ではなくても誰かが死ぬ場面の多いこと、人間にとって死ぬことが一番の不幸だもの、死なせてしまうのは簡単すぎる、生きてどうしたこうした、というのを見たい。
 ここにロレンツォという子どもがいる。アフリカのどこかで元気に暮らしている様子がうつっている。さては伝染病かな、と思わせるものがある。だが、この子の病気は先天的なものだった。副腎白質ジストロフィー(ALD)という女性を介しての遺伝による病気であった。病気の内、ウイルスによるものはその原因を見つけ、やっつければいいわけで、なんとかなりそうだ。あとは遺伝、つまり遺伝子を徹底的に解明し、遺伝子の一つ一つの働きを突き止めて、遺伝子的な治療を施す、これで癌も直るだろう。エイズのようなウイルス性の病気も遺伝子からのアプローチで撲滅できるだろう。つまるところは、遺伝子にかかっている。だが、方法は分かってはいても、実際に今進められている遺伝子調べには何十億、何十兆もある遺伝子のチェーンを解きほぐして行くという途方もない作業が立ちはだかっている。石油エネルギーに換わるものを見つけだす前に地球のエネルギーは枯渇してしまうかも知れないし、同じように究極の万能薬を見つける前にエイズや癌が人類を絶滅させるかも知れない。
 じゃあ手をこまねいているのかというと、そうではない。かなりの病気に有効な治療法があり、健康な身体を取り戻すことも多い。現に、日本人は平均寿命は八十をゆうに超えている。昔だったら死んでいた人間が今では生かされ、高齢になっていく。人間が死んでいくのは自然ななりゆきで、七十、八十の人が死ぬのだったら悲しいことだが、諦められる。だが、若くして病を得て死ななくてはならないのは不公平だ。少なくとも親より先に子どもが死ぬべきでない。
 ロレンツォはわずか四歳、それも治療法も分かっていない難病にかかってしまう。病気が次第に進行してゆく。脂肪が神経を壊してゆく。確実に進んで行く病状になす術もないままでいられるだろうか。医者が諦めたからといって、親がはい、そうですか、とうなずけるだろうか。ロレンツォの親はそうしなかった。原因のある病気にはなんらかの因果関係があり、すなわち治療法も必ずあるはずだ、と考えた。子どもがかかった業病に諦めの境地で、何もしてくれない神にでもすがる位しかないのが普通だと思うのに、彼らは運命を切り開く方向に向かった。この辺のすさまじい意気込みは並大抵のものではない。周囲のあらゆる偏見、困難、なげきを蹴散らし、突き進んでいった源泉は子どもかわいさ、である。あんなに苦しんでいるのだから、子ども自身のことを思えば、楽にしてやる(恐い言葉)方が良いのではないか、という言葉も聞こえないではなかったが、科学的に考えて、自分たちの目指す方向にきっと治療法が見つかるはず、という確信があった。ためらいや恐れは後から考えることにして、とにかく前に進むのみ。この病気の家族会にも参加するが、その会の硬直した考え方にはついてゆけない。ただ、これはこの映画の主人公がたまたま新しい治療法を開発出来たからいいようなものの、そうでなかったら、単なる親バカの強引なやり方、と非難されてもおかしくない。
 でも、科学が一歩進むには、少しは強引なくらいな手を使わないと、いけないようだ。かみなりが高圧電流の流れであるのを知っていては、タコを上げはしないだろうし、いろいろな薬品を配合しては爆発してしまったこともあっただろう。でも何かを発見すれば、それでそんな苦労は報われた、と言えるのだし、臆病になって何もしないよりどんなにかましか。人間の手に負えない病気に神頼みするしかなかった時代から、こうして自分たちの力で対抗することの出来る時代へと移り変わり、このような見事な仕事をも成し遂げる人がいる。それは素晴らしい業績といくら言っても言過ぎではない。最後にこの後この病気にかかり、オイルを飲んで直った世界中の子どもたちが感謝の言葉を言う場面が出てきた。彼らの健康もあのオイルの発見なしにはなかったことを考えると、ただ一人、自分の子どもを救うこと、に向けられた行為が世界中の子供たちを助けたわけだ。物事を科学的に理屈で考えてゆくのは大事な姿勢だな、と思った。

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