詩人の妻（Tom & Viv）1994

監督　ブライアン・ギルバート 出演　ウィレム・デフォー、ミランダ・リチャードソン、ローズマリー・ハリス、ティム・ダットン、ニコラス・グレイス、ジェフリー・ベイルドン

　これは有名な詩人Ｔ・Ｓ・エリオットと、彼の妻ヴィヴィアンとの「争い」の物語だ。恋愛して、結婚、順調にいけば、それでよし。うまくいかなければ別れることになる。だが、ことはそう単純にはゆかないし、それだからこそ、文学の付け入る世界がある。
　人間誰しも屈託のない暮らしを営めたらいいだろう、と思っている。平和な日常が一番だからだ。だが、そうは問屋が卸さないところが又面白いところだ。どうしてこうも次から次へ大変なことが起こるのだろう、と嘆きたくなるほど、この二人には困難が襲いかかる。そもそも、彼女の病気に起因しているのだが、病気は身体と精神とが結びついた直せる見込みのないものだったから、余計だ。躁鬱病のずっと重いものと考えればいいか。ある時、機嫌良くしていたかと思うと、次の瞬間には、落ち込んでいる。自分でもどうしようもないようなのだ。自分をコントロール出来ないもどかしさと、規制できない感情の起伏から、まわりの人間関係をひどいものにしてしまう。
　普通、そうやって思いもしないことを言ってみたり、又は思っていることをあえて言わないでいたり、気を使って生きている。それを方便という。これは実際生きていく上で必要なものだ。誰もが自分だけに正直になっていたのでは、要らぬ争いの元になってしまう。生活の知恵から、そうしているのだ。だが、そういうことが逆に人を傷つけてしまうことになる場合もあるのではないか。ヴィヴィアンがそのために病気になったわけでもないだろうが、イギリスの上流階級の生活は堅苦しいものだ。あっちに気を遣い、こっちにも気を配らなくてはならないのだから。それを個人が突破するとしたら、彼女のようになって、言いたい放題するしかないか。彼女は自分の意志でそうしたわけではないが、結果的にそうなった。芸術家の妻たるもの、悪妻でなくてはならない。それを跳ね返すエネルギーの源泉によってすばらしいものが生み出される。何の屈託のないところからは新しいものは出来てこない。特に、詩人には内なる葛藤と外なる葛藤の争いから、別な波長の詩の世界が形成される。長い小説とかとは違ったずっと凝縮された世界だからだ。その点、彼の大変さは、いい材料になった、と言える。救いがここにある。