アイヒマンが南米のどこかの国で発見された、というニュースを聞いた覚えがある。よくもそれ程までして逃げてきたか、というより、捕まえる方の執念に感心する。あまたの犯罪がある中で最大級に重い犯罪なのだから、捕まって当然、見つけなくてはいけないのも当然であり、必然であった。このへんの詳しい事は最近テレビで知った。おそらくヒットラーの次にくる人物だった彼が自殺もせず、世界のどこかで生きながらえていたことにも驚くし、それを見つけたこともたいしたことだ。
　さて、この映画は彼の裁判記録だ。証言席の彼はインテリ風の容貌のさえない年配の男性に見える。残虐な殺人鬼のようには見えない。裁判官の追及に対し、返答の言葉はあくまでも冷静だ。しかもまるで他人事を語るがごとく話す。自分のことなのに客観的なのだ。また、事実あったことをたんたんと報告する官僚のような話し方だ。これは彼一流の護身術ででもあるのだろうか。裁判の結果は分かっていたはず、まさか無実放免になるはずはないと思っていただろう。それなら、覚悟を決めて真実を話せば良かったのに。誰にも規制されることもなく、ただ自分を解放しさえすれば良かったのだ。それが出来なかったのは、まだ彼の中が変わっていなかったということなのか。何年も逃げ隠れしていた、ということが証拠か。逃げきれるならそうしていただろうし、つまりはそんな男だった、ということだ。それなら、自らの信じることを証言席で話せばいいのに、それもせず、みじめないいわけばかりをしている。映画だから、かなりの部分を切っているけれど、実際の裁判ではあの調子で終わりまでやったのだろう。なんという徒労。