定年になったクーさんが骨董屋で見つけた椅子を買った。とりたてて素晴らしいわけではなかったが、座り心地がよさそうだったのだ。値段もあってなきごとくだったのも良かった。何かいわくありげな様子の椅子であったのは少し気になったが。
　さて、椅子をかかえて家に帰れば、うるさいのが妻ならぬ、娘のミルだ。父が汚い椅子を持ってきたものだから、そんなのに金を使うのなら、カラーテレビを買って、とせがむのだ。さて、この椅子が盗品であるとの疑いがかかる。警察がやってきて、椅子を見せてくれと言う。が、娘にけちをつけられた椅子は前夜家の前の庭に出しておいたのだが、朝になって、それはなくなっていた。だから、身の潔白を証明すべきものがない。かといって、犯人であるという証拠もない。そんな中途半端な状態から解放される方法はあの椅子を見つけることだ。長年使ってきたわけでもなく、従って特別な愛着があるわけでもない。たまたま手に入れた椅子がクーさんを困難な状況に陥れている。こんな理不尽なことはない。だけど、椅子は見つからない。
　椅子のなぞは、娘の婚約者の好意から起きたことだったが、その仲間が悪かった。たまたま国宝の椅子が盗まれた事件があったばかりだったことを利用して、クーさんを裁判所に訴えたのだ。分かってみれば、悪いいたずら程度のことだが、後味の良くないことには違いない。題に宝物の、と付ける必要はないと思う。原題どおり「椅子」がいい。たいした事件ではなかったのだから。