この話も、実際にやってみろ、と言われても難しいんじゃないか、と思われる。「人間椅子」はこの話以上に実現不可能な話だ。人間の想像力は飛躍できるもので、頭ではどんなことも可能だ。乱歩の場合、小説全体のフィクション性の前に、話の構築からしてフィクションであった。事実は小説より奇なり、というが、そんなことは言わせないという自信が独特な世界を作る源になっていたように思う。天井板を上げて、屋根裏の空間を自由に歩く、これは可能なことだ。だけど、実際にやったらどうなるか。よほど普請のしっかりした家でない限り、天井板がみしみしして、下の住民に気付かれること必至。夜間懐中電灯をたよりにうろつきまわったり、他人の生活を覗みたり、節穴を開けて殺人を企てたり、こんなことが、そのどれもが成功してしまうなんて、考えられない。いわば仮定の話なのだ。小説なのだからあたりまえだが、頭で考えた空想の世界に遊び、読者にも楽しんでもらう、こんな趣旨で書かれている。だから些末な点を指摘するのは場違いなことで、こんなことが出来たらおもしろいだろうな、と密かな楽しみに耽る自分を発見する。乱歩を読めばそれが確実に実現出来る。だから、又読みたくなる。映画で見るのは、添えものの感じがする。江戸川乱歩はやはり活字から空想の世界に遊ぶのが正解ではないか。