イゴールは悲しい。イゴールはけなげだ。イゴールは親孝行だ。イゴールは子供だ。世界にはこのように身体は子供だけど、さまざまな事情から大人のようなことをしなくてはならない子供がいる。いるどころではない、たぶんそういう子供の方が多いだろう。日本の事を言っているのではない。日本ではいてもごく少数だと思う。イゴールがどんなことをしているかというと、父親の手伝いだ。父親の仕事は何かというと、ベルギーに不法入国した人間の世話だ。だが気の毒な人々を助けるボランティアではない。それどころか、彼らの弱みに付け込んだ阿漕な商売をしている。その手助けにイゴールは使われている。イゴールは車の修理の見習いもしているが、こちらの方は後回しになってしまいがちだ。彼は多分まだ14、5才だ。学校はどうしたのだろう。ここではまったく描かれていない。中学は卒業したのか、行かなくてはいけないのに、休んでいるのか。なにしろ「仕事」が忙しくて、それどころではない。
　人が生まれて、物心ついて、気づいてみればベルギーという国にいて、親の言うなりになっている。これは不幸なことだが、こんな親のもとに生まれた不運を呪うしかない。だけど、そう思うようなゆとりさえない。残念だがイゴールがこのままの生活を続けるのになんの障害もない。ここにある事件があった。それによって彼は目覚め、父親のくびきから離れようと思うまでになった。
　事件はこうして起こった。建築現場に不法就労者を摘発すべく係員が来た。イゴールは彼らに大声でそれを知らせにまわった。労働者の一人アミドゥが最後までもたもたしていた。ひとまわりして、ようやくみんなが逃げられたものと思っていたら、アミドゥが建築現場から落ちて瀕死の重傷を負っていた。彼が殺したわけではないが、ひとまず隠さねばならぬと、板で隠した。係官はどうにか帰った。アミドゥを病院に運ぼうとしたが、父親に見つかってしまう。父親はどうしたか、というとアミドゥの存在が自分の悪事を暴露するに違いないと考えた。死人に口なし、とばかりに死体を始末することにした。殺人ではないのだから、そんなことをして警察から狙われかねないことをすることもないのだが、どうせ登録されていないのだから、なんとかなると高をくくったのか。
　ここまでくるとひょんなことから起きた事故ではなくなっている。故意に重傷者を見捨てたのだから犯罪だ。アミドゥの最後の言葉をイゴールは聞いていた。妻と子供を頼む、と。それに「うん」と彼はうなずいた。死にゆく人からの最後の頼みに応えないのは人の道に反する、とまで考えたわけではないだろうが、子供といえどもいつまでも親の言いなりでいるとこに反撥をおぼえていたこともあって、イゴールは行動を起こす。アミドゥが事故で死んだこと、だからばくちによる借金のために逃げ回っているわけではないこと、真実を彼の妻に告げた。
　子供は早く親から独立したいと願うもの、だけどイゴールのそれはこうした危機的状況が後押しをしてくれた。不幸な事件ではあったが、彼はそれではっきりと父親の犯罪的行為からも離れることが出来た。
　映画はここで終わっている。なにかこれでは不安である。父親のところから逃げても彼にはまだ独立して生活できはしないだろう。きっと、仕方なく一度は家に帰る。したたか殴られもするだろう。でも、少しの辛抱だ。あの自動車修理の仕事を身につけて、そうすれば親の悪事の片棒をかつぐ必要はなくなる。そうなることを願いつつ、筆を置こう。あ、筆はおろか、鉛筆も使っていない。